日野皓正(トランペット)の経歴、代表作、そして中学生ビンタ事件とは。

日本を代表するジャズトランペッター日野皓正が本番ステージ上で、中学生ドラマーをビンタするというショッキングな出来事が話題となっています。
この“事件”について、私の思う所を記しておきたいと思います。
合わせて、日野の名盤アルバム、シティコネクション、ピラミッド、ダブルレインボウなどについても紹介したいと思います。
その前に、まず“事件”の概要をおさらいしておくと…。

ヒノテル、中学生ビンタ事件の概要

2017年8月20日、世田谷区で開かれたコンサートでの出来事。バンドを指導しステージでは指揮を執っていた日野皓正氏が、ドラムソロを披露していた男子中学生のスティックを取り上げて放り投げ、さらに「馬鹿野郎!」と叫びながら髪をつかみ、顔に往復ビンタを加えたというもの。
生徒にけがはなかった。この事業を主催した世田谷区教育委員会は「(日野氏が)行きすぎた指導をした」と認め、今後は改めるよう日野氏側に要望した、という。

コンサートは『日野皓正 presents “Jazz for Kids”』と題された、中学生向けの体験学習事業の一環。
日野の指導を受けて約4カ月間練習してきた生徒約40人が成果を発表する晴れ舞台。多くの子供を含む600人の観客が見守る中での出来事だった。
日野氏は終演後、「生徒のソロパートの演奏が長くなりすぎたので、止めようとした」と説明したという。

保坂展人区長は「今後は改めていただくようお伝えしている。注意を受けたお子さんの保護者からも『日野さんには感謝している。やめてほしくない』とも伺っている」とコメント。
また、ビンタされた中学生本人は「自分がわるかった」と認めているという。

そもそも、日野皓正とはどんな人なのか。

日本を代表する、ベテラン・ジャズトランペッターです。
1942年、東京生まれ。2020年4月現在、78才。
196年代中期、映画「嵐を呼ぶ男」の裕次郎のドラム演奏の実際の演奏を担当したことでも知られる白木秀雄クインテットに抜擢され頭角を表します。
1970年くらいから自己のクインテットを結成、10才年上のサックスの渡辺貞夫とともに日本のジャズ界を代表する若手として、押しも押されぬスタープレイヤーに。

愛称は、ナベサダに対してヒノテル。
トランペット奏者と言われていますが、主に演奏しているのはコルネットです。見た目は区別つきにくいですが、トランペットより若干マイルドなサウンドです。
また、息子さんの日野賢二(愛称ジーノ)は、人気実力を兼ね備えたベーシストとして活躍しています。

話を戻しましょう。
私はその頃(たぶん1970年)、TBSで毎朝放送されていた「ヤング720」という若者向け情報番組に出演し演奏した日野皓正クインテットを覚えています。まだ、ロックがそれほど広まっていない時代、若者の音楽といえばジャズでした。
また1972年頃、池袋西武デパート屋上で演奏する日野皓正クインテットも、当時中学生だった私は見ていて、とてもよく覚えています。
すごく寒い日で、メンバーの何人かは手袋したまま演奏していました。エレクトリック・ピアノが増田幹夫、ドラムが実弟の故・日野元彦。印象としては、とにかくカッコ良かった。憧れました。

そんなわけで、皆さん、ヒノテルが如何にすごい人だったか、ちゃんとわかってるのかな〜なんて思うわけです。
たぶんアメリカではナベサダの方が桁違いに売れたとは思います。でも、カルフォルニアシャワー以降のナベサダは、商業主義に迎合し過ぎて、私には面白いとは思えませんでした。耳障りの良いサウンドではありますが、ジャズが本来持っていたはずの躍動感も緊張感も感じられず、とても残念に思ったものです。
片やヒノテルは、自分の音楽を貫いたと思います。両者に対する感想は、当時も今も変わりません。

世界の一流ミュージシャンを従え全盛期を迎える

70年代中期から活動拠点をニューヨークに移し、日々、有名・無名ミュージシャンとセッションを重ねていたものと思われます。
そして1977年、東京田園コロシアムで行われた伝説のジャズフェスティバル「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」に自己のクインテットで出演。この時のギタリストが、後に世界的大スターとなるジョン・スコフィールドでした。このライブも私は見ていて、鮮明に覚えています。時代はすでにクロスオーバー/フュージョン全盛でしたが、日野の演奏は比較的ストレートなジャズでした。

▲1977年に発表されたアルバム、「メイ・ダンス」。ライブ・アンダー・ザ・スカイのステージも、ドラムとベースは日本人ミュージシャンでしたが、このアルバムからの曲が多かったように記憶しています。改めて、こうしてヒノテルのラッパを聴いてみると、その多彩な表現力に驚かされます。

▲1979年、ジャズファンではない一般の人にも広く知られるキッカケとなった、大ヒットアルバム、「シティコネクション」。
おそらく発売元のビクターの意向もあって、クロスオーバー/フュージョン色の濃い仕上がりとなったものと思われます。
まあ、売れ線狙い?バブリーだな、と思わないでもないですが、そのクォリティの高さは、今聞いてもなんら遜色ないですね。

そして、1980年前後、日野は全盛期を迎えます。
CMタイアップもあり、アルバム「シティコネクション」は大ヒット。その後も傑作アルバムを立て続けに発表、頻繁に来日公演も行いました。当時のニューヨークジャズシーンの第一線級を引き連れたステージは、それはそれは聴きもので、紛れもない世界のジャズシーンに於ける最先端のジャズを聴かせてくれたものです。

▲翌年、CBSソニーに移籍して発表されたアルバム、ダブルレインボウ。前作に比べると少々わかりにくいジャズとなっていますが、彼が本来やりたかったのはこういう音楽だったのでしょう。
70年代以降のマイルス・デイヴィス(エレクトリック以降)の影響を強く感じますが、個人的にはジャズ史に残る名作だと思います。

当時の音楽スタイルは、クロスオーバー/フュージョンにカテゴライズされるものでしたが、時にハードな演奏を聴かせ、時に女性ボーカルをフィーチャーしR&B的テイストを感じさせるものもあり….それでも一本筋の通った日野のスタイルを感じさせました。
当時のライブも何回か見ていますが、バブル絶頂期の日本ですから、大企業のスポンサーも付き、大勢のお客さんを集めていました。

日野の演奏は、よくフレディ・ハバードと比較されます。たしかに音色やフレージングに共通点があると思います。
日野は相当なテクニシャンですが、演奏技術ということだけで言うなら、昨今、技巧的にもっと上手い人はいくらでもいるように思います。
日野の魅力は、感情をむき出しにするようなアグレッシヴなプレイかと思うと、非常に繊細な表現をしたり…。要するに起伏が大きいところです。それと、艷やかな歌心でしょうか。
さらに、作曲・アレンジャーとしてのセンス、アイデアもずば抜けていると私は思います。

その後も、名門ブルーノート・レーベルと契約するなど、常にシーンの第一線で活躍してきたミュージシャンですが、キリがないのでこの辺でやめておきましょう。

今回の一件以降、ジャズ通を自認する人の中からも、そもそも日野皓正なんて大したミュージシャンじゃない、てな意見が聞かれます。私は、それは絶対違うと思います。

どんな理由があっても、暴力は許されないが…

それでは、この一件に関して、私の思ったことを書いてみます。
まず、暴力を肯定するつもりは毛頭ありませんし、ましてや相手は子供です。どんな理由があろうとも、日野皓正氏の行いは正当化されるものではありません。
以下、日野を擁護するように受け取れる記述もありますが、このことは揺るぎません。

そのような前提で2つのことを思いました。

練習中ならまだしも、大勢の子どもたちも見ている本番のステージで子供相手に感情むき出し(に見える)の暴力。しかも、世田谷区の教育委員会が教育目的で主催したコンサート。
日野皓正という人は、社会性や一般常識なんてまったく眼中ない、ぶっ飛んだ人だってことです。
(騒動になって以降、日野は取材に答え、その中学生とは親子のような関係だったと言っています。例えそうでも、常識人なら大勢の子供が見ているステージ上であのようなことはしないと思うんですけどね。)
しかし、芸術家だから許されるとは言いませんが、そのくらいじゃないと、表現者として世界のトップレベルに到達できないといった一面もあるかと思うのです。
特にこの人の場合、天才肌というタイプではなく努力の人だと私は思っているので、なおさらです。

まだ、学生時代か駈け出しの頃か不明ですが、こんなエピソードがあります。
某大企業の社長が語っていたことです。当時その社長もプロミュージシャンを目指していたそうです。バンド仲間だった日野皓正と一緒に電車に乗った時、日野は即座にトランペットのマウスピースだけを取り出し、電車の連結部分に入ってブーブーやりだしたそうです。
それを見た社長、自分にはプロは無理だと悟ったそう。

プロで音楽をやるというのは、そのくらい本気が要求され、厳しいものなのでしょう。
そんな血の滲むような努力を経て、日本のトップを獲った人です。
狂気と紙一重の世界で音楽と対峙しているのでしょう。ゆえに、今回の一件は、たとえ中学生相手だろうと手抜きなしの「本気」だということです。(だから許されるとは言いませんよ)

スティック取られても素手で叩き続けた中学生ドラマーは大物になる?

もうひとつは、ビンタされた中学生ドラマー。スティック取り上げられた時点でヒノテルが相当怒っていることは分かったと思います。それでも止めず素手で叩き続けるとは、見上げた根性という他ありません。ルールを逸脱しても目立ってやろう。ジャズミュージシャンは、そのくらいの気持ちがないと。
あの映画をマネしただけ、という指摘もごもっとも。それでも、実際にやっちゃうかどうかでしょう。
この子はきっと大物になるでしょう。ミュージシャンにならなかったとしてもね、何かを成し遂げる人でしょう。
いや、けっして褒められない行為であることはわかってますよ、それでも、この怖いもの知らずぶりには驚きます。

ただ、映像を見て、ひとつ気になるというか、そこに気付いてない人が多いのではないか、と思う点があります。
日野は、少年のホウを往復ビンタしていますが、ほんとに感情的に怒り爆発していたなら拳でぶん殴っていたと思います。つまり、怒ってビンタしたのではなく、目を覚まさせたのではないか、と。
そのくらい中学生ドラマーは我を忘れてドラムソロに没頭していたのかも知れません。
どっちにしても、凄いことです。

しかし?….Twitterから、会場にいた人の感想を拾ってみると…

「例のドラムソロを最初は見ていたメンバーも段々困惑した様子になる。ドラムの子が片手で参加しろと煽り、それぞれ音を出して参加、大音量フリージャズ状態で盛り上がるが収拾着地出来ず。メンバーは演奏を止めた。でもドラムソロを叩き続ける。で、日野止めに入る」
「子供たちが自主的に短い持ち時間でソロしてを回している中で、ドラムが信じられない長時間延々とソロを続けた。日野がスティクを取り上げて離れようとしたら、彼は素手で叩き続けた。日野が『みんなにもまわせ!』と身振りも交えて言ったが無視して睨みつけた」
「少年は自分のステージかのように振る舞い、長時間のソロ、トランペットにも命令。スティック取り上げられても、睨み返して手で叩き出す始末。さすがに見てるこちらも身勝手さに腹が立ちました」

あれれ、ちょっと様子が違いますね。
天下のヒノテルを差し置いてこの横暴ぶりは、やはり怖いもの知らず、たいした度胸というよりありません。
でも、たとえ中学生ドラマーがどれだけ悪くても、相手はアマチュアであり子供。教育目的の本番ステージ上でのビンタは許されないでしょう。
日野にしてみれば、ビンタが教育と考えたのかも知れませんけどね。

で、ビンタされた中学生は、自分が悪かったと納得しているとのこと。これはほんとに幸いなことです。
彼にとって、ステージでヒノテルにビンタされたことは最高の武勇伝であり一生ものの勲章でしょうね。

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